コラム

今週の内外経済金融情勢の展望

 本コラムならびに『金利・為替・株価特報』で、筆者は再三にわたり米国金融市場に端を発する7,8月の金融市場調整の可能性を指摘してきた。その最大の理由は米国株価の上昇速度が急激過ぎたことである。NYダウは本年3月5日終値が12,050ドルだったが、7月19日に14,000ドルを記録した。4ヵ月半で約1950ドル、16%の上昇を示した。株式市場のリズムとして上昇のスピードが速すぎると判断した。
 米国経済には二つの懸念材料が存在する。原油価格高騰とサブプライムローン問題だ。原油価格は8月1日に1バレル=78ドルの史上最高値を記録した。米国物価指標でFRBが重視してきたコア指数(変動の激しい食品、エネルギー価格を除いた物価指数)は落ち着いた動向を示しているものの、エネルギー価格の高騰が続けばインフレ圧力は強まらざるを得ない。他方、住宅価格の下落に伴い、低所得者層向けの住宅ローンであるサブプライムローンの焦げ付き問題が拡大している。

 NYダウは7月26日に311ドル、27日に172ドル下落した。8月1、2日に小幅反発したものの、3日には再び281ドル下落した。8月3日終値は13,181ドルで7月19日のピークから819ドル、5.9%の下落を示した。8月6日には287ドル上昇し、8月8日には13,657ドルまで反発したものの、8月9日には387ドル下落、8月10日には一時、13,057ドルまで下落した。終値では13,239ドルまで戻ったものの、米国市場での株価下落が世界市場に波及した。
 米国市場での調整に連動して日本の株式市場も調整を示した。日経平均株価は3月5日の16,642円から7月9日の18,261日円まで1619円、9.7%上昇したが、7月下旬以降に急落し、8月10日には16,764円まで下落した。下落幅1497円、下落率8.2%を記録している。

 米国株式市場ではインフレ圧力の増大と住宅市場の調整に端を発する景気後退のリスクが意識されてきた。しかし、株価下落の最大の背景はこれまで『金利・為替・株価特報』で述べてきたように、7月までの株価上昇のスピードが速すぎたことだったと判断する。株価上昇が持続するなかで原油価格が高騰し、住宅市場の調整に伴うサブプライムローンの焦げ付き問題が表面化し、株価調整が表面化したのである。
 重要なことは今回の株価調整がトレンド転換の出発点となるのか、一時的な調整に留まるのかの見極めである。筆者は7,8月に内外株式市場は株価調整を示す可能性が高いが、トレンドが転換するリスクは高くないとの見解を示し続けている。

 米国でのインフレ懸念を知る手がかりは長期金利水準である。米国10年国債利回りは6、7月にかけて5.2%台に上昇した。短期の政策金利であるFFレートは5.25%の水準にあり、長期金利が短期金利水準に接近した。しかし、その後長期金利は4.7-4.8%水準に再低下した。原油価格も8月1日にWTIが1バレル=78ドルの史上最高値を記録したが、8月10日現在、1バレル=70ドル水準に反落している。
 FRBをはじめ主要国の通貨当局は信用不安の高まりに対しては短期金融市場への潤沢な資金供給で対応する方針を既に示している。サブプライムローンの焦げ付き問題が米国経済全体を金融不況に陥れるリスクは限定的であり、ある程度の時間の経過を待って、堅調な株価推移が再び示される可能性が現状では高いと思われる。

 日本では8月13日に2007年4-6月期GDP統計が発表された。前期比実質成長率は0.1%、年率0.5%と成長率が大幅に低下した。企業の設備投資は拡大しているが、個人消費が低迷を続けている。生産‐所得‐支出のプラス循環が成立していないところに、成長持続に対するリスクが存在している。
 安倍政権のマクロ経済政策は緊縮財政運営を基礎に据えている。小泉政権が政策運営の機軸に据えた「市場原理至上主義」が所得分配の格差拡大をもたらし、中低所得者層で所得の伸び悩み、消費の伸び悩みが強まっている。緊縮財政政策は今後、景気に対する下方圧力を顕在化させてゆくことになる。この意味で、日本経済の先行きには黄信号が灯っており、このことが株価に対する抑圧効果を生んでいる可能性を否定できない。

 しかしながら、日本企業の株価は明らかに割安な水準に放置されている。東証第1部上場企業の予想PERは約18倍の水準に低下している。株式の利回りが5%を超えている。日本企業の株式が中期的な投資妙味を強く有していることは間違いない。米国では株式利回りも債券利回りも5%近辺の水準で、株式に割安感は存在していない。相対的な投資妙味では日本企業の株式が米国を大きく上回っている。
 この意味で、日本の株式市場に対しては「押し目買い」戦略を基本に据えるべきであると考える。8月に株価が下落する局面は投資妙味が大きいと考えるべきと考える。7月29日の参院選で安倍政権が大敗したことから、安倍政権の経済政策運営も大きく見直される可能性が浮上している。大企業優遇、個人と地方切捨ての経済政策が見直されることになる。地方経済、住宅・建設、個人消費などのセクターを注目すべきである。為替市場では今後円安是正が強まる可能性もある。輸出関連、円安でメリットを受けるセクターの株価調整に留意すべきだ。

 今週、米国では13日(月)に7月小売売上、14日(火)に7月卸売物価指数、6月貿易収支、15日(水)に7月消費者物価指数、7月鉱工業生産指数、16日(木)に7月住宅着工、着工許可件数、フィラデルフィア連銀業況指数、17日(金)にミシガン大学消費者信頼感指数が発表される。株価急落後、FRBは金融市場への迅速な資金供給の意向を表明しており、株式市場が落ち着きを取り戻すかどうかが注目される。
 NY市場での株価調整が大幅になったため、株価調整の完了にはある程度の時間を要する可能性が高い。しかし、長期金利動向に示されているように、市場のインフレ心理は沈静化している。また、インフレ懸念をもたらしていた原油価格も反落の兆しを示している。米国のFFレートは5.25%の水準にあり、FRBは必要があれば金利引下げを実行することが出来る。米国株式市場は堅調なトレンドのなかでの一時的調整を演じている可能性が高いことを念頭に入れて投資戦略を構築すべきと思われる。

 安倍首相は参議院選挙で大敗したにもかかわらず、続投する意向を示し続けている。8月27日には自民党役員人事、内閣改造が実施される見通しである。しかし、安倍首相は参議院選挙において、「首相として安倍晋三と小沢一郎のどちらがふさわしいかを問う選挙でもある」と政権選択の選挙であるとの説明を繰り返した。その選挙で大敗したのであるから、首相は当然退陣すべきだとの意見が有権者にも自民党内部でも強い。
 8月27日の人事を控えているため、自民党内部の首相批判は一時的に水面下に隠れているが、人事が決定されれば再び噴出する可能性が高い。森喜朗氏などはすでに人事の内容についての意見を表明し始めている。外野席からさまざまな意見が飛び交えば、人事が混乱することは避けられない。安倍政権の前途には暗雲が垂れ込めている。

 民主党は8月7日に召集された臨時国会に年金流用禁止法案、郵政民営化凍結法案を提出した。9月に召集される臨時国会では民主党を中心とする野党が参議院を中心に攻勢を強める可能性が高い。小沢一郎民主党代表はテロ特措法に対する反対の意向を明示している。イラク特措法の延長決定も難航が予想される。小沢一郎氏は米国に対しても「言うべきは言う」との姿勢を明示しており、これまで小泉・安倍政権が維持してきた対米隷属外交の姿勢からの訣別の方針が示唆されている。
 官僚の天下り、政治資金規正に対しても、民主党は厳格な法規制をかけることについて、参議院での法案可決を視野に入れて行動を開始している。次期総選挙で民主党中心の野党が過半数を制して政権交代を実現することが、日本における「真の改革」始動を意味する。テレビ、新聞のマスメディアやそのなかで発言してきた人物の多くは、これまで既成権力の意向を代弁することによって巨大な権益を欲しいがままにしてきた。政権交代はこれらの勢力の失脚を意味するため、民主党による政権樹立を阻止するためのあらゆる激しい抵抗が始まっている。田原総一郎氏のテレビ番組などもその典型例のひとつであるように見える。外部から民主党内部の対立が誘発されることにも警戒が必要である。民主党執行部はこうした抵抗勢力の妨害をはねのけて政権奪取に向かわねばならない。

 2008年3月に福井日銀総裁が任期満了を迎える。財務省は武藤敏郎氏の日銀総裁就任を熱望し、他方、竹中平蔵元参議院議員も虎視眈々と日銀総裁ポストを狙っていると伝えられている。参議院で野党が過半数を制したことによって、国会同意人事は政府の意向だけで決定することができなくなった。民主党の同意なしに日銀総裁を決定できなくなったわけだ。日銀総裁に財務省出身者を充てることは避けるべきである。また、竹中氏が日銀総裁の重責を担うことは不可能と考えられる。日本の国益にも反してしまうと考えられる。詳しくは『金利・為替・株価特報』2007年8月6日号を参照いただきたいが、民主党は積極的に見解を表明し、早期に次期総裁人事の検討に着手すべきである。

2007年8月13日
スリーネーションズリサーチ株式会社
植草 一秀

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