コラム

今週の内外経済金融情勢の展望

 本欄で警戒を呼びかけていたように、米国株式市場で株価調整が生じた。米国経済の失速懸念は後退し、インフレ懸念も抑制されているが、景気堅調観測が広がり、FRBの早期の金利引下げ政策実現の可能性が後退した。FRBのインフレ警戒的な政策スタンス持続が予想され、長期金利が緩やかに上昇し、株価が下落に転じた。インフレが抑制されたなかで成長が持続する「ソフトランディング」実現の可能性は高く、米国株価の下落トレンドへの転換は予想されないが、株価調整の幅と期間は現段階では特定しがたく、NY株価の6月調整の帰趨を見定めることが必要である。
 日本市場では先週、日経平均株価が18,000円台を回復したものの、米国株価下落の影響を受けて、週末には反落して17,000円台に戻ってしまった。株価の割安な状態は続いているが、米国市場動向が心理的に強く影響しており、日本経済の先行き見通し、米国株式市場動向、日銀の政策姿勢および長期金利動向を注視する必要がある。米国10年国債利回りが5%を超え、日本の長期金利にも上昇圧力がかかり、長期金利が上昇した。国内長期金利上昇が今後も持続するのかどうかも焦点である。

 5月末から6月始めにかけて、中国上海市場の株価が急落した。株価指数は5月29日の4334ポイントから6月4日の3670ポイントへと15.3%も下落した。しかし、その後は落ち着きを取り戻している。本コラムでも5月中旬以来、中国市場での株価下落に警告を発してきたが、早期に調整が生じたために、大混乱のリスクはやや後退したと考えられる。

 米国で先週発表された経済統計は景気堅調を裏付けるものが多かった。FRB関係者の発言も景気に対する楽観論とインフレに対する警戒感を示すものが多かった。この状況を受けて長期金利が上昇し、株価が反落した。
 6月5日(火)に発表された5月ISM製造業景気指数は59.7と06年4月以来の水準に上昇し、市場予想を上回った。6月5日(火)に南アフリカで開催された国際通貨会議で講演したバーナンキFRB議長は、「コアインフレがいずれ低下する見通しだが、この見通しに対するリスクは上向きになっている」と述べた。
6日(水)にピアナルト・クリーブランド連銀総裁は「2005年以降の米国のインフレ率は3-5年の移動平均で3%前後の水準にあり、長期的なトレンドとして妥当な水準を超えている」との見解を示した。一方、ホーニグ・カンザスシティー連銀総裁は6日(水)の講演で、「米国経済が2007年4-6月期以降、力強さを増しながら、消費者物価上昇率、および同コア指数上昇率が今後、2%の水準に近づいていくと期待している」と述べた。

 米国経済の失速懸念が後退する一方で、原油価格が高止まりして、インフレ懸念が残存している。米国短期金利はFFレートで5.25%の水準にまで引き上げられたが、10年国債利回りが4%台後半に留まっていた。景気の減速が持続して、短期金利引下げが予想される状況では、こうした長短金利逆転が正当化されるが、短期金利の低下予想が後退するなら、長期金利は短期金利水準に接近することになる。米国10年国債利回りが5%台に上昇し、これと連動するかたちで株価下落が生じた。
 米国経済が堅調に推移して成長率が加速していくなら長期金利の一段の上昇が予想されるが、そのような状況は予想されない。前述のホーニグ・カンザスシティー連銀総裁は講演のなかで、「5.25%のFFレートは緩やかに景気抑制的である」と述べた。「緩やかに景気抑制的な」FRBの金融政策のもとで、米国経済は緩やかな景気減速を実現しつつあると考えられる。原油価格の動向には留意が必要だが、インフレが抑制された状況で、緩やかな経済成長が持続する良好な経済推移が持続する可能性は依然として高いと考えられる。
米国株式市場のテクニカルな調整が生じていると考えられるが、株価上昇トレンドの転換を予想する状況ではないと考える。

 日本では6月4日(月)に1-3月期法人企業統計が発表され、売上高、経常利益、設備投資がいずれも過去最高を更新した。6日(水)発表の4月景気動向指数では、一致指数が66.7%と4ヶ月ぶりに50%を上回ったが、先行指数は20.0%と6ヶ月連続で50%を下回った。8日(金)発表の4月機械受注では、船舶・電力を除く民需受注額は前月比+2.2%と3ヶ月ぶりに増加したが、市場予想の+4.5%は下回った。製造業からの受注は前月比-1.3%と減少した。また、同日発表された5月景気ウォッチャー調査では、景気の現状判断DIが46.8となり、4月の49.7から低下し、05年2月以来の低水準になった。
 日本経済は設備投資の堅調から回復基調を維持しているものの、生産活動は踊り場に差しかかっている。個人消費の基調は依然として力強さに欠け、設備投資が減速するなら、経済成長率は緩やかに低下せざるをえない。
 株式市場は停滞感の強まる経済動向をにらみながら、一進一退の推移を続ける可能性が高い。先週は米国長期金利上昇の影響を受けて長期金利が上昇した。10年国債先物利回りは1.98%水準から2.14%水準まで上昇した。国際間の金利裁定による上昇であるが、日銀による早期の追加利上げに対する憶測も市場ではくすぶっている。景気減速懸念と日銀による追加利上げ観測の残存から、株式を買い上がる気運は強まっていない。引き続き一進一退の推移が見込まれる。

 今週、米国では13日(水)に地区連銀経済報告(ベージュブック)が発表される。14日(木)に5月卸売物価指数、15日(金)に5月消費者物価指数、5月鉱工業生産指数、6月ミシガン大景気信頼感指数が発表される。物価指数およびFRBの政策スタンスに引き続き関心が注がれる。FRB関係者の発言機会としては、11日(月)にピアナルト・クリーブランド連銀総裁がパネルに出席、13日(水)にフィッシャー・ダラス連銀総裁が講演、15日(金)にバーナンキFRB議長が講演、イエレン・サンフランシスコ連銀総裁がパネルに出席が予定されている。
 国内では11日(月)に2007年1-3月期GDP改定値が発表され、14日(木)に日銀政策決定会合が開催される。日銀の政策変更は予想されないが、日銀が今後の金利引上げ政策についてどのような姿勢を示すかが注目される。

 為替市場では、米国金利引下げ観測の後退から、ドル堅調の地合いが継続することが予想される。日銀の追加利上げの観測浮上が次の為替市場での転換点を形成するきっかけになると考えられる。

 ドイツ・ハイリゲンダムでのサミットが終了し、安倍首相が帰国した。国会では会期末を控えて、与野党対立が一段と激化する見通しである。「年金」、「政治資金」、「天下り」がクローズアップされている。社会保険庁の制度変更問題は天下り問題とリンクしている。政府は社会保険庁を解体して、事業の大半を新制度に移行させようとしているが、新機構からの天下りは完全に容認することになる。天下り制度を改変して、公的な人材バンクが官僚の再就職を斡旋する計画が示されているが、結局、天下りを政府が今後も容認していくことでしかない。
政府は年金事業の杜撰な管理の問題の責任を組合を中心にした現場に転嫁しようとする説明を繰り返しているが、責任は政府、官庁にあることは歴然としており、選挙を意識した責任回避の政治姿勢には国民から厳しい批判が生じるものと考えられる。
  民主党を中心とする野党は、「年金」、「政治資金」、「天下り」について、国民に分かりやすい具体的な提案を示して選択を迫るべきである。「格差」、「教育」についても明確な政策論争が求められる。参議院での与野党逆転が生じれば、政治に緊張感が生まれる。7月22日に向けての政治状況から目を離せない。

2007年6月11日
スリーネーションズリサーチ株式会社
植草 一秀

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