コラム

06年度補正予算編成と今後の経済金融情勢

 安倍政権の経済政策運営を読み取るのは難しい。表向きは「小泉政権の政策路線継承」を掲げ、財政赤字削減推進を提唱しているものの、財政再建の手法としては小泉政権の「改革無くして成長無し」から「成長無くして改革無し」の路線へと180度の政策転換を明示している。
  2005年9月の総選挙を小泉前首相は、「郵政民営化の是非を問う選挙」と位置付け、郵政民営化に反対した候補者を自民党から排除した。安倍政権はそれらの自民党離党議員11名の自民党への復党を認めた。この点でも小泉前政権の政策路線は完全に否定された。

 私は2006年度の財政運営が超緊縮スタンスにあることを警告してきたが、この警告が届いたのかどうか、2006年度に中規模の補正予算が編成されることが確実な情勢になった。前回説明した財政赤字の前年差は、マイナス4.5兆円に留まる見込みである。決して小さな赤字縮小ではないが、経済成長率が2%台の成長を確保している下での赤字縮小であるため、経済の改善基調が崩れていない状況であるならば、経済を撃墜してしまうリスクはそれほど大きなものではなくなってくる可能性もある。だが引続き警戒が必要である。
  小泉政権は経済悪化を政策の方針として掲げていた。これに対し、安倍政権は曲がりなりにも「成長の重視」を掲げている。また経済が改善すれば税収が増加し財政赤字縮小が進む。私は十年来この効果の重要性を訴え続けてきたが、最近になってようやくこの見解への共鳴者が増えてきた。重要なことは赤字削減を「急ぎすぎないこと」である。

 問題は2007年度の政策運営方針である。国債発行金額の削減方針が既に示されているが、2006年度の国債発行金額が仮に27兆円台に削減された場合、07年度の国債発行金額が25兆円台程度への減額に留まるならば、経済へのマイナスの影響はそれ程大きなものにはならない可能性はあるが、経済指標の変化には十分注意が必要である。
  しかし個人消費の低迷を踏まえるならば、国債発行金額を横ばいにする「景気中立型」の運営を示すことが望ましい。この点が当面の焦点であるが、07年度の当初予算において国債発行金額が27兆円台までの減額に留められる可能性はある。この方が望ましい。

 安倍政権は政権としての当面の天王山が07年7月の参議院選挙であると考えていると見られる。このことを背景として、筆者も提言を行ってきたところであるが、安倍政権は財政赤字の急激な削減よりは、成長の持続に軸足を移行させつつあるようにも見える。同時に参院選に向けての産業界からの物心両面における支援を確保するために、法人関連税制の改変による大型減税を前面に示し始めている。
  こうした政策スタンスは短期的に見れば株式市場にとってはプラスであり、株価の反発をもたらすかもしれない。しかし、長期的には大きな弊害をもたらす可能性があることを忘れてはならない。

 日本経済の現在の成長は企業の設備投資に大きく依存し、持続的経済成長のために不可欠な個人消費が低迷している。大企業の企業収益は史上最高水準にあり、この状況下での法人税減税はバランスを欠いていると言わざるを得ない。
  法人税減税の裏側には、08年度の消費税増税の影が見え隠れしており、07年の参院選後に消費税増税論議が急浮上する可能性がある。07年夏の参院選で与党が過半数を維持する場合、衆議院の任期満了は09年9月であるため、08年4月の消費税増税の可能性は十分に考えられる。この消費税の増税との取引対象として法人税減税が浮上している可能性を否定できない。

 もうひとつの問題は安倍政権の政策が格差拡大問題を縮小させる方向にシフトしていないことである。派遣社員の3年継続時点での正社員への転換制度の廃止、生活保護における母子加算の廃止方針、所得税制における老年控除の廃止、介護保険料の引上げ、義務教育費の削減方針、障害者自立支援法の施行など弱い者いじめの政策が持続している。
  一方で、「天下り」については2年間の禁止規程撤廃の論議が始まっている。「弱者切捨て」の政策に進む前に「天下り制度の廃止」を優先させるべきである。とりわけ重要なのが、民営化会社、特殊法人、公益法人への天下り廃止である。この論議は全く進展していない。

 当面の検討すべき事項は所得税減税と公的教育の充実・改善および同一労働同一賃金制度の日本での推進である。米国経済についてはクリスマス商戦における、個人消費動向が注目される。12月6日には超党派によるイラク問題研究グループが提言を発表する予定である。米国は結局イラクから撤退せざるを得ない状況に追い込まれつつある。
  安倍政権において、もうひとつ見落とせない視点は拉致問題の取扱いである。六カ国協議において日本と当事者である北朝鮮を除く米、ロ、中、韓の4カ国の関心は核問題に絞られており、このなかで安倍政権が拉致問題の進展を進められるのかに焦点が当てられる。拉致問題を置き去りにした六カ国協議の進展は安倍政権の政権公約と大きなズレが生じてしまうからである。

 11月30日に発表された日本の鉱工業生産指数が前月比+1.6%の107.8の過去最高値で発表され、また補正予算編成方針と法人税減税の方向が示されたことで、日本の景気悪化懸念が後退し、株価も反発に転じた。当面は経済政策論議に連動しての一進一退の株価推移が予想される。政策スタンスの見極めで何よりも重要である。
  経済政策論議においては、大企業優遇政策推進論への対抗軸としての消費者、労働者支援政策の提起が望まれる。私が訴え続けてきた「障害者自立支援法」については、06年度補正予算において一部是正が講じられることになった。これも参院選を意識しての政策と考えられる。ただし是正提案を先に国会に提出したのは民主党である。メディアはこのことを殆ど伝えていない。事実を正確に知ることが大切であり、民主党も政策のアピール方法を工夫する必要があるだろう。

2006年12月2日執筆
スリーネーションズリサーチ株式会社
植草 一秀

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