コラム

今週の金融市場の展望(2006年6月26日)

 株式市場の調整に一巡感が生じ始めている。日本の株式市場の大幅調整の背景は、(1)米国株式市場に連動する株価下落、(2)ライブドア・ショックの余韻、の二つであった。世界の主要国の株価は本年5月以降に、平均して約10%下落した。NY市場が8%、ロンドン市場が9.8%、ドイツ市場が13.8%、シンガポール市場13.8%、香港市場11.9%などである。これに対して日経平均株価は19%も下落した。
  世界市場の株価下落はNY市場に連動している。主要国の株価は5月10日ころに高値を記録している。4月18日に3月28日FOMCの議事録が公表されたが、そのなかで、米国の金利引上げ政策終結の可能性が論議されたことが判明した。バーナンキFRB議長は4月27日の議会証言で利上げを中断する可能性について言及した。

 5月10日にかけて、米国金利引上げ政策終結期待が広がり、世界的に株価が上昇した。NYダウは5月10日に11,642ドルに上昇した。2000年1月14日の史上最高値11,722ドルまであと80ドルに迫った。
  ところが、5月10日を境にして、市場の潮流は転換した。その理由は、利上げ終結期待が利上げ継続観測に転換したことにあった。筆者は、4月21日付本コラムで次のように記述した。

(前略) 先行き見通しは明るくなっている。しかし、第二の要因を考慮するならば手放しの楽観は許されない。原油価格が史上最高値を更新していることだ。原油価格の指標となっているWTI先物相場は、4月18、19日に史上最高値を更新した。WTI価格は昨年8月末に1バレル=70ドルを突破して史上最高値を更新した。その後反落し、一時は1バレル=50ドル台にまで下落した。ところが3月頃から再上昇を示し、ついに4月下旬に高値を更新した。
  FOMCでの利上げ終結観測と原油価格史上最高値更新の時間的関係を注視する必要がある。利上げ終了観測が示されたのは3月末である。原油価格が高値を更新したのは3週間後である。3月末のFOMCで利上げ終結が近いことが共通認識とされたことは十分に理解できるが、同時に「潜在的なインフレリスク」については改めて確認もされてきた。必要に応じて一段の金融引締めが必要になることも確認されている。
  その後に原油価格が史上最高値を更新した。4月下旬をピークに原油価格が反落するなら、利上げ終結観測は一段と強まり、米国株価は史上最高値更新に向かう可能性が高い。しかし、原油価格の一段の上昇が生じる場合には、利上げ終結観測は再び大幅に後退し、株価は反落してしまうと考えられる。
  現時点での原油価格上昇が消費者物価統計で確認されるのは6月中旬である。昨年8月の原油価格上昇が物価統計に表れ、インフレ警戒感が広がったのも10月であった。10月に株価は調整を演じている。
  今後の原油価格動向が最大の鍵を握るわけだが、原油価格が強含みで推移する場合には、米国の利上げ終結観測がいったん後退する可能性があり、この点への注意が肝要である。(後略)

 現実には、この時点で指摘した懸念が現実のものになった。「利上げ終結観測」は「利上げ継続観測」に転換し、NYダウは9%下落し、これに連動して主要国の株価が10%前後下落したのである。
  日本の株価下落が日経平均株価で19%と大幅になった理由は、日本の新興企業市場の株価大幅下落にある。東証マザーズ市場では本年1月6日から6月8日までの株価下落が54.4%に達した。JASDAQ市場では本年1月16日から6月8日までの下落が34.4%に達した。文字通りの暴落を演じた。

 日本の新興企業市場の株価暴落は言うまでも無くライブドア・ショックを背景としている。粉飾決算は株式市場ではもっとも根源的な不正行為である。投資家は開示された情報が真実のものであることを前提に行動している。その開示情報が虚偽のものであるなら、投資行動の拠りどころが消滅する。疑心暗鬼が市場を支配し、株価は急落せざるを得ない。
  日本市場の株価下落が他の主要国と比較して大幅になったのは、新興企業市場の株価暴落が影響したと考えられる。

 米国では今週、6月28、29日にFOMCが開催される。2004年6月以来、17回連続での利上げ決定は確実である。筆者は、4月に原油価格が史上最高値を突破し、その金融市場への影響がもっとも強まるのは6月になる可能性が高いと記述してきたが、そのひとつの区切りになるのが、6月29日のFOMCである。
  6月14日に発表された5月米国消費者物価指数では、食品・エネルギーを除く「コア指数」の前月比上昇率が3ヵ月連続で+0.3%になった。前年比上昇率は+2.4%に上昇した。FRBはかねてより、コア消費者物価指数の前年比上昇率の許容範囲を1−2%と表明してきている。+0.3%の前月比上昇率が続けば、前年比上昇率はやがて3%台に上昇することになる。こうしたデータ発表を背景にして、FRB内部でのインフレ警戒感が強まっているのだ。

 だが、重要なのはこうした状況下で、FRBのインフレ未然防止の政策スタンスが明確であることだ。FRB内部には賛否両論があるが、全体としては、インフレ懸念に対しては毅然とした態度で臨む必要が高いとの判断が共有されている。これが、利上げ継続観測を生んでいる背景でもあるが、逆に考えれば、この政策スタンスが堅持される以上、インフレ顕在化のリスクは限定されると考えられるのである。
  最大の問題は原油市況である。原油価格がさらに高騰を続ける場合は、インフレ顕在化のリスクは一段と高まってゆく。金融引締めはさらに長期化することになり、株式市場は金融引締め強化にともなう経済悪化を懸念して下落傾向を強める可能性が高くなる。
  逆に4月中旬の高値をピークにして原油価格が緩やかな下落傾向を示す場合には、市場のインフレ懸念は徐々に後退してゆくことになると考えられる。コアインフレ率も安定を取り戻すことになると考えられる。

 原油市況の見通しは非常に難しいが、筆者は2006年年末にかけて、原油市況が緩やかに下落する可能性が高いと考えている。その理由の第一は、原油供給と実需のバランスから考えれば、現状の価格はやや上振れしていると考えられることだ。
理由の第二は、米国ブッシュ政権が11月の中間選挙を念頭に入れて、原油価格の高騰を避ける方向でさまざまな努力を払う可能性が高いことである。原油価格上昇−インフレ懸念増大−金融引締め長期化−株価下落−景気悪化の循環は中間選挙に向けての経済環境としては望ましくないものである。

 FRBのインフレ未然防止の政策スタンスともあいまって、米国のインフレ懸念は緩やかに後退してゆくのではないかと期待される。市場の不安心理を払拭する意味では、6月29日のFOMCで0.25%でなく0.5%の利上げを決定することも「奇策」として検討に値するように思われる。
  グリーンスパン前FRB議長は1992年7月2日に金利引下げ政策の最終局面で0.5%の利下げを断行して、市場心理の大転換に成功したことがあった。今回FOMCか、あるいは8月8日の次回FOMCで0.5%の利上げを実施して、市場心理の劇的転換を図ることは十分に検討に値すると思われる。

 0.5%の利上げは、(1)インフレ未然防止の政策スタンスを強く明示する、(2)金利引上げ政策打止め感を効果的に演出する、の二つの効果を持つ施策である。米国のFFレートは2004年6月の1.0%から現行の5.0%にまで、すでに4.0%ポイントも引き上げられている。しかも、金利引き上げの経済への効果波及には一定のタイムラグが存在する。大局的に判断して、米国金利引上げ政策は現状でも最終局面に近いと考えてよいと思われる。

 原油市況は依然として1バレル=70ドル近辺で推移しており、現状ではなお先高懸念が残っている。0.5%の利上げが実施されれば、先行き下落予想が支配的になって、緩やかな価格下落が生じる可能性が高くなると思われる。

 米国で金融引締め政策が終結し、インフレ懸念が後退し、成長持続の可能性が高まれば、米国株価は再び史上最高値更新に向けて出直りを演じると考えられる。主要国市場も連動して出直りを演じることになるのではないか。
  日本市場では新興企業市場の株価下落が大幅になったために、価格調整後の日柄調整で本格的出直りには時間を要すると考えられるが、新興企業市場の株価はすでに6月8日に安値を記録したのではないかと考えられる。今後もまだまだ紆余曲折は予想されるものの、次第に下値を固めて、反発に転じるのではないかと考える。
  ただ、原油市況が高値更新となる場合はシナリオ転換が必要になるので、今後も原油市況および国際政治情勢には注意を怠れない。

 今週の米国での最大の注目点は6月29日FOMCでの政策決定とコメントである。これ以外に26日(月)に5月新築1戸建て住宅販売、5月住宅着工許可件数、27日(火)に6月消費者信頼感指数、5月中古住宅販売、29日(木)に2006年1-3月期GDP確報値、30日(金)に5月個人所得、PCE価格指数、コアPCE価格指数、6月ミシガン大学消費者信頼感指数、6月シカゴ地区購買部協会景気指数が発表される。
  日本では、29日(木)に5月鉱工業生産指数、30日(金)に6月東京、5月全国消費者物価指数、5月失業率、2007年度設備投資見通し(経済産業省)発表される。今週ではないが、当面の最大の注目指標は7月3日発表予定の日銀短観2006年6月調査である。

 第164通常国会は6月18日に会期延長せずに終了した。教育基本法などの重要法案を積み残しての閉会となった。政局の関心は次期自民党総裁、次期首相に完全に移った。安倍晋三氏と福田康夫氏の二人が依然として有力な後継候補である。福田氏は総裁選1ヵ月前に出馬表明をするために、沈黙を守っている可能性が高い。
  小泉首相が8月15日に靖国神社参拝を強行実施する場合、靖国問題が自民党総裁選の大きな争点として浮上することが予想される。福田氏はそのタイミングで出馬表明する可能性が高い。このケースでは福田氏が次期自民党総裁に選出される可能性が高くなるのではないかと考えられる。

 民主党は福井日銀総裁の村上ファンドへの出資問題を追及する姿勢を崩していない。政治的判断からの責任追及である。福井日銀総裁の中央銀行総裁としての力量が非常に高く、また、財務省が虎視眈々と日銀支配を目論んでいることから、万が一、福井氏が日銀総裁を退任してしまうことになった場合の、金融市場の大きな混乱が強く懸念される。
  財務省は日銀支配の目論見とともに、インフレ誘導による政府債務の帳消しを狙っていると考えられるが、インフレ容認、金融緩和強化の政策は弊害が著しく多い。今後の事態の推移には十分な警戒が必要である。

2006年6月26日
スリーネーションズリサーチ株式会社
植草 一秀

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