コラム

今週の金融市場の展望(2006年6月12日)

 株式市場の調整が持続している。株価調整の起点は5月10日である。5月10日に米国でFOMC(連邦公開市場委員会)が開かれた。2004年6月のFOMC以来16回目のFOMCだったが、このFOMCでFRBはすべて利上げを決定してきた。5月10日のFOMCで16回目の利上げを決定した。FFレートは2004年6月の1.0%から5.0%へと引き上げられた。
  3月28日のFOMCで、米国の利上げ政策が終結局面に近いことが論議された。この議事録が4月18日に公表されて以来、米国の利上げ政策終結観測が広がり、株価が上昇していた。5月10日のFOMCで利上げ終結を示唆するコメントが発表されるかに市場は注目した。

 筆者は本コラムならびに『金利・為替・株価特報』2006年4月17日号、5月1日号で警告を発した。米国でのインフレ懸念発生の主因である原油価格が4月中旬に史上最高値を更新したからである。昨年8月末に原油価格が史上最高値を突破したとき、金融市場で不安心理がもっとも強くなったのは10月中旬だった。8月の原油価格上昇が9月の物価統計に反映されて、10月中旬に発表されたためである。
  筆者の警告は以下のようなものだった。4月18日に3月28日FOMC議事録が公表されて利上げ終結観測が広がっている。株価は史上最高値更新を視野に入れ始めている。しかし、3月28日FOMCよりも時間的にあとになる4月中旬に原油価格が史上最高値を突破した。原油価格が急激に反落すれば別だが、原油価格が高水準で推移する場合、6月にかけて市場の基本観測が揺り戻される可能性が高い。

 「利上げ終結観測」が「利上げ継続観測」に切り替わる可能性が高く、4−6月にかけて株価反落の反応が生じる可能性が高い。4−6月にかけての株式市場の再調整を警戒すべきである。このような警告を表明してきた。実際に5月10日を境にして、内外市場で株価が下落した。株価調整の発端は米国である。米国で利上げ持続観測が広がると同時に、米国景気減速観測も浮上してきた。インフレが悪化するなかで景気も悪化する。いわゆる「スタグフレーション」が現実化してしまうのではないかとの懸念が米国で生まれてきている。これが米国株価下落の背景である。

 世界市場は米国株式市場に連動する形で調整を演じている。米国が出発点であるが、株価下落は米国よりも他国の方が大きくなっている。NYダウは5月9日11,642ドルから6月8日10,891ドルへと6.4%下落した。日経平均株価は4月7日17,563円から6月8日14,633円へと16.7%下落した。他の主要国を見ると、英国FTSE指数は5月9日6105から6月8日5,562へと8.9%下落、ドイツDAX指数は5月11日6,140から6月8日5,383へ12.3%下落。香港ハンセン指数が5月8日17,301から6月8日15,450へ10.7%下落、シンガポールST指数が5月3日2,659から6月8日2,297へ13.6%下落、インドBSE指数が5月10日12,612から6月8日9,295へと26.3%下落した。
  インド市場の下落が非常に大幅になっており、次いで日本、シンガポール、ドイツの株価下落率が大きくなっている。また日本では、新興企業市場の株価が大幅に下落した。東証マザーズ指数はザラ場高値安値だが、1月6日の2,799から6月8日の1,276へ54.4%下落した。JASDAQ指数は1月16日142.81から6月8日94.19へと34.0%下落した。

 日本の新興企業株価の大幅下落は、ライブドア・ショックが契機になっている。直近では村上ファンドの村上世彰代表が証券取引法違反(インサイダー取引)容疑で逮捕されたが、このことも新興企業市場の株価下落を加速させる要因になった。
  こうした意味で、日本の株式市場の調整は、米国市場からの影響とライブドア・ショックの余波の両面から観察する必要がある。米国市場に連動した株価調整は5月10日以降に発生し、世界市場で連動している動きである。これに対して、新興市場での株価調整は1月16日のライブドア強制捜査以降に発生し、より大きな規模で現在まで持続している株価調整なのである。

 筆者は本年1月17日付けの本コラムで以下の通り記述した。
(前略)ライブドアへの強制捜査の影響は決して小さくないと考えられる。二つの重要事項を指摘できる。第一は、ライブドアが昨年2月8日にニッポン放送株を立会外取引を利用して瞬時に30%取得したことについての事実関係の確認だ。ライブドアの株式取得については、実質的に市場外取引であり、届出のない取得は違法ではないかとの指摘があった。
  当時の伊藤金融担当相は国会答弁で「違法でない」と発言した。しかし、立会外取引の当事者同士が事前に株式売買について了解していたとなると違法取引の疑いが浮上する。今回の家宅捜索によってニッポン放送株取得の経緯も明らかになる可能性があり、株式市場での他の大手参加者にまで捜査が発展してゆく可能性がある。(後略)
  ここで記述した「株式市場での他の大手参加者」とは、村上ファンドのことを指していた。ライブドアが摘発された時点で、筆者は村上ファンドが捜査対象に浮上することを予想したのである。

 今後の焦点を二つに分けて考えなければならない。ひとつは米国経済のソフトランディングの可否である。米国に立ち込めている「スタグフレーション懸念」の濃い霧が今後晴れてゆくのか、それとも一段と濃くなるのか。この点はすでに『金利・為替・株価特報』2006年6月1日号に詳論した。いまひとつは、ライブドアに端を発する捜査のゆくえである。昨年2月のライブドアによる立会外取引を通じたニッポン放送株式大量取得について、当時の伊藤達也金融相は国会で直ちに「違法性はない」と答弁した。伊藤大臣の国会答弁の背景が究明されなければならない。
 
  米国経済のソフトランディングの可否を考えるうえで、今週は極めて重要な指標が発表される。13日(火)に5月卸売物価指数、14日(水)に5月消費者物価指数が発表される。最大の注目点は消費者物価指数のコア前月比である。3月、4月と同指数は前月比0.3%の上昇を示した。FRBはコア指数の上昇率について前年比1−2%が許容範囲であることを表明している。
  前月比0.3%の上昇が続けば、前年比上昇率は3%を超える。5月コア指数の前月比が0.2%以下になるか、0.3%以上になるかを市場は注目している。前月比0.2%の上昇となれば、市場は徐々に落ち着きを取り戻してゆくことになるだろう。この場合でも筆者は6月29日FOMCでFRBは17回目の利上げを決定するのではないかと考えている。この状況で17回目の利上げを行なうことで、利上げ終結観測が醸成されてゆくことが期待される。

 より重要なのは原油価格動向である。原油価格がWTIで1バレル=60ドル台で安定してくれば、インフレ懸念は徐々に後退してゆくことになるだろう。米国経済は悪化懸念が存在するものの、米国政府は6月8日に2006年成長率見通し(10-12月期前年比実質GDP成長率)を3.4%から3.6%に上方修正した。米国景気の基調は依然として堅調である。

 米国のインフレ懸念についてはFRB内部で現在意見が割れている。過度の利上げを抑制すべきとの意見がある一方で、インフレ懸念を抑制するには利上げ継続の強い姿勢が必要との意見も存在する。バーナンキFRB議長の手腕が試される局面である。6月29日のFOMCで利上げの対応を取る一方で、「米国経済はインフレなき成長持続のソフトランディング路線を進む可能性が高い」とのメッセージを発表することが望ましい。いずれにせよ、今週の物価統計に注目しなければならない。
世界の株式市場は米国のインフレ懸念と米国の株式市場動向を注目している。米国での「スタグフレーション懸念」が後退し、米国株式市場が堅調に転じるならば、世界の株式市場も戻り歩調に転じることになるだろう。

 一方、日本の株式市場では新興企業市場の調整のゆくえを考察しなければならない。先述したように、伊藤達也金融相はライブドアの立会外取引によるニッポン放送株式取得について、「違法でない」との国会答弁をしている。しかし、今回、村上ファンド代表が逮捕され、村上ファンドのニッポン放送株式取得がインサイダー取引に該当するとの判断が示されたことを踏まえると、当時の伊藤大臣発言の妥当性が問題になる。
  ライブドアはその後のニッポン放送による買収防止策提示に異議を唱え、裁判所はライブドアの主張を認めたが、裁判所によるこの判断にも伊藤大臣発言は大きな影響を与えたと考えられる。

 検察当局が金融庁、あるいは小泉政権と癒着しているなら、この問題を素通りする可能性がある。しかし、ライブドアが事前に村上ファンドなどと連絡を取りながら、立会外取引でニッポン放送株式を大量取得したことは明白であり、この取引自体の違法性が再度検証されないことは極めて不自然である。

 最近話題になる「国策捜査」とは、「法の運用における恣意性」の問題を意味している。筆者が連載しているウェブマガジン「宮崎学責任編集『直言』でも記述したが、2003年5月17日のりそな銀行救済に前後する株式取引こそ、重大なインサイダー取引疑惑の存在した局面であった。こうした、国家ぐるみのインサイダー取引疑惑に対してはまったく調査をしようともせずに、狙いを定めた対象のみ調査する姿勢そのものが問題とされる。
  ライブドア、村上ファンドに関係する多くの国会議員のかかわりについて、検察当局がしっかりと捜査する意志を有しているのか否かを国民はしっかり監視しなければならないだろう。少なくとも、ライブドアによる立会外取引の違法性および伊藤達也金融相の国会答弁の背景については徹底的な調査が求められる。検察当局がこの部分を素通りするとすれば、捜査そのものの正当性が問われることになる。

 日本のマクロ経済環境は基本的に良好である。米国のインフレ懸念のゆくえが当面の最大の焦点であり、今週発表の米国物価指標とFRB関係者の発言を注目しなければならない。
FRB関係者の発言機会としては、12日(月)にピアナルト・クリーブランド連銀総裁講演、フィッシャー・ダラス連銀総裁講演、オルソンFRB理事講演、バーナンキFRB議長講演、14日(水)にフィッシャー・ダラス連銀総裁講演、ミネハン・ボストン連銀総裁挨拶、15日(木)にミネハン・ボストン連銀総裁挨拶、クロズナーFRB理事講演、16日(金)にプール・セントルイス連銀総裁パネル討議参加、コーンFRB理事パネル討議参加が予定されている。

2006年6月12日
スリーネーションズリサーチ株式会社
植草 一秀

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