コラム

今週の金融市場の展望(2006年3月14日)

 日本銀行は3月9日の政策決定会合で量的金融緩和政策の解除を決定した。実施には3ヵ月程度の時間をかけてゆくことが示された。量的金融緩和政策の解除は順当な政策の実行である。今回の決定では直ちに量的金融緩和を解除するのではなく、3ヵ月程度の時間をかけて段階的に緩和解除を実施してゆくことが示された。

 かねてより指摘しているように、量的金融緩和政策は実体的な意味の乏しい政策である。量的金融緩和政策とは、銀行が融資活動に伴って日銀に保有しなければならない資金量=法定準備預金に対して、日銀が過剰に資金を供給することを意味している。
  日本銀行は必要準備に対して余剰となる資金の規模を順次拡大してきた。直近では必要な準備預金の水準に対して30−35兆円の超過供給を実施してきた。しかしながら、考えてみればすぐにわかるように、必要な資金量に対して超過的に資金供給しても実体的な意味はほとんど存在しない。

 金融機関の融資活動が非常に活発で日本銀行による追加的な資金供給が直ちに金融機関の融資増大につながるような局面であれば、日本銀行の潤沢な資金供給は意味を持つが、最近までの状況では、市中の資金需要が乏しく日銀の資金供給は金融機関の融資拡大に結びついてこなかった。
  量的金融緩和政策は、中央銀行に対する政府からの追加的な金融緩和を求める圧力が強まるなかで政治的な風圧を緩和するために、「窮余の一策」として採用されたきわめて「政治的な」意味合いの強い政策であった。

 ゼロ金利政策の変更は実体的な影響を発生させる政策であるが、量的金融緩和政策は実体的な弊害をほとんど発生させない政策である。福井日銀総裁は極めて円滑に、しかし毅然と量的金融緩和解除に踏み切った。非常に大きな力量を示したと言える。

 政府関係者の多くが日銀の量的金融緩和政策解除に反対の姿勢を示した。その中心が竹中総務相と中川自民党政調会長だった。両氏はインフレ促進のために金融緩和政策の持続を求めた。インフレ率を引き上げて日本の名目経済成長率を高めることを提唱した。
 同時に両氏は、日銀が金融緩和政策を維持することによって長期金利の低位安定を確保できると主張した。高い名目経済成長率は税収の高い伸びをもたらす。低い長期金利は国の国債利払い費の抑制をもたらす。この二つを実現することによって財政赤字の縮小を実現できると主張してきたのである。

 本欄でもすでに指摘してきていることだが、この提案には致命的な誤りが含まれている。日銀の超金融緩和政策維持は長期金利低位安定要因ではなく、長期金利上昇促進要因として作用することが見落とされている。日銀がインフレ促進政策を推進するなら、市場の先行きのインフレ見通しは上方にシフトしてゆく。その結果、長期金利は大幅に上昇してしまうのである。
 長期金利の低位安定を望むなら、日銀はインフレに対して厳格な姿勢を示さなくてはならないのである。米国で2004年以降ほとんど長期金利が上昇してこなかった最大の理由は、FRBがインフレ抑制の政策スタンスを明確に示してきたことにある。FRBが1.0%のFFレートを4.5%にまで大胆に引き上げてきた結果、長期金利は4%台なかばでの安定した推移を現在まで続けてきたのだ。

 日本経済の改善が持続し、消費者物価上昇率が4ヵ月連続で前年比ゼロ以上を示すなかで、事前説明どおりに日本銀行が量的金融緩和政策解除を断行したことは賞賛に値する。福井日銀総裁の力量の高さが改めて確認されたと言える。
 株式市場は量的金融緩和解除断行を好感して株価上昇の反応を示した。中央銀行が政府から完全に独立し、インフレに対して毅然とした対応をとることが市場の信認を獲得する非常に重要な要件である。事前の方針が明確であり、基本方針にぶれがまったく生じずに、条件が整ったところですきを与えずに解除を決定したのは見事であった。
 方針を決定して、実施に多少の時間を置くことも考えられたが、直ちに量的緩和解除に着手し、3ヵ月程度の時間をかけて量的緩和解除を完了するのは現実的な対応方法であったと言える。

 政府部内では与謝野馨経済財政担当相兼金融担当相が日銀の政策を高く評価していた。小泉首相、竹中総務相、中川政調会長が量的緩和政策解除反対の姿勢を示していたが、与謝野氏がマクロ経済運営能力においては一歩秀でていることが示されたと言える。

 今週は16日(木)に日本商工会議所で福井日銀総裁の講演がある。量的金融緩和解除について追加的な説明が施されることになるだろう。日銀は消費者物価上昇率の許容範囲を0−2%と示した。現在の消費者物価上昇率は前年比で+0.5%であり、食品・エネルギーを除けば前年比+0.1%程度である。
金利引上げ政策がすぐに必要になる状況ではない。
  消費者物価上昇率の許容範囲が示されたことで、金融政策の先行き不透明感はかなり払拭されたと言える。いずれにせよ、福井日銀総裁は非常に巧みに量的金融緩和解除のハードルをクリアしたと言えるだろう。

 だが、しばらくの間楽観は禁物である。欧州では、3月2日に追加利上げが実施された。米国では3月28日に15回目の利上げが実施されるのが確実な情勢である。日・米・欧の金利政策の潮流が利上げ方向で足並みをそろえたことになる。特に日本は依然として経常収支の巨額黒字国である。黒字国で金利が上昇に転じれば、赤字国は海外からの資本流入を促進するためにより一層の金利引上げを求められることになる。

 今週16日(木)に米国で2月消費者物価上昇率が発表される。前月比+0.1%が予想されている。市場の関心の中心は食料・エネルギーを除くコア物価上昇率である。市場予想は前月比+0.2%である。予想通りの数値が発表になれば波乱は生じない。予想を下回る数値が発表になれば金利引上げ早期終結観測が浮上し、株価が大幅上昇を示すと考えられる。

 問題は、事前予想よりも高い数値が発表される場合である。金利引上げ幅拡大予想が広がり、米国で長期金利上昇、株価下落の反応が生まれると考えられる。米国の利上げ拡大予想が広がりNY株価が下落するとき、世界の株式市場で株価下落と長期金利上昇の連鎖反応が生じる可能性がある。
  ミニ・ブラックマンデーの図式である。その局面で日本銀行の政策に対する批判が噴出する可能性がある。しかし、仮にそのような調整が発生したとしても調整は一時的なものにとどまる可能性が高い。米国の利上げも日本の各種措置も中長期の視点で必要不可欠な政策である。日本銀行の政策を政治的に攻撃する愚だけは避けなければならないだろう。その程度の調整の可能性も念頭に入れたうえでの政策決定であるはずだ。
  詳細は『金利・為替・株価特報2006年3月16日号』をぜひご参照いただきたい。

 今週、米国では14日(火)に2月小売売上高、16日(木)に2月消費者物価上昇率、2月住宅着工件数、17日(金)に2月米国鉱工業生産指数が発表される。14日(火)にクロズナーFRB理事の討論参加、15日(水)にイエレン・サンフランシスコ連銀総裁とグイン・アトランタ連銀総裁講演、16日(木)にコーンFRB理事の講演が予定されている。

 日本の株式市場は1月13日以降の調整局面のなかにある。量的金融緩和政策解除が決定され、株価上昇に向けての大きなハードルをクリアした。当面は3月16日(木)の米国消費者物価統計が残されたハードルである。市場予想よりも高い数値が発表になれば、株価上昇第三波動に移行する前のいまひとたびの調整局面が生じることになるだろう。
  NYダウは11,000ドルの大台に乗せたところでもみ合い状況を続けている。金利引上げ終結観測が広がれば、NY株価は上離れる可能性が高い。こちらも当面の最大のハードルが16日(木)の米国2月消費者物価統計である。

 日米ともに経済のファンダメンタルズは決して悪くない。米国市場に粘着しているインフレ懸念が払拭されることが、市場がアク抜けできる条件である。日本でも「インフレなき持続的成長」を実現してゆくうえで、インフレ促進の超金融緩和政策維持は大きな障害になる。日本政府部内の金融緩和維持派が経済運営の撹乱要因にならないように注意してゆく必要がある。

 中央銀行総裁には並外れた高い専門知識と洞察力が求められる。米国でポール・ボルカー氏やアラン・グリーンスパン氏がFRB議長職を長期にわたって務めてきたのは、中央銀行総裁の人選の難しさを示している。福井総裁の力量が今後の経済推移によって確かめられるなら、福井氏には任期満了後の次の5年間も日銀総裁職にとどまってもらうべきである。

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2006年3月14日
植草 一秀

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